エッセイ
第7部 誓い
夫はアスペルがーの長男とない日奮闘している私の張り詰めた状態を危惧していた。
息抜きをさせなければいけないと思ってくれたようで夫の休みにはよく外出させてくれた。
私は時には友達と時には1人で外出をした。
その日は友達とふらふらと近所を散歩していた。
久し振りの散歩だった。
道端に咲く菜の花や雑草が花を咲かせていた。
犬を散歩させている人、小さな赤ちゃんをベビーカーに乗せて歩いている若いお母さん、ひたすら歩いているおじさん・・・
きっといつもの風景なんだろう。
大きく息を吸い込んだ。
空を見上げた。
そこにはポップコーンみたいな桜が少しだけ花を咲かせていた。
そうか、こんな景色でさえ見落としてしまうくらい突っ走ってたんだ。
こんな当たり前に機能している当たり前の景色が見えてなかったのだ。
もう一度申し訳なさそうに少しだけ花をつけている桜の木を見上げた。
しかしその木は凛として美しかった。
もう何日か経ったらこの木一杯にたわわに花をつけるだろう。
その時私の中のずっと張り詰めていた糸がぷつっと切れた。
私はせきを切って泣いた。
隣りにいる友達がどんな顔をしていたかは解らない。
通行人も犬も猫も関係なかった。
ただただ地面に両膝を着けて泣いた。
この桜は一週間位しか花を持たないだろう。
それでもこの桜の木は夏の暑さに耐え、秋には葉を散らし冬の寒さに耐え一年に一週間だけその美しさを私達に披露してくれる。 
 私は立ち上がった。
泣く事は自己治癒力なのだと勝手に解釈した。
何日か前私は死にたいと夫に言った。
ただただ疲れた。
死にたいと。
私は自殺する人は悪人だと思っていた。
癌で闘病生活中に必死に自殺の撲滅運動に精を出している人をテレビで見たことがあった。
その当初はその通りだと思っていたけれど癌患者でなければ癌患者の気持ちは解らない。
自殺願望の人は病んでいる。
それは立派な病気なのだ。
そして残念ながらそんな人の気持ちは他の人には解らない。
私は死にたい、と困らせるつもりではなかった。
本当に疲れ果てていたのだと思う。
長男には決して手を挙げてはいけない。
長男に手を挙げるなと言っておいて私がする訳にはいかなかった。
私は前にも述べたように肉食系なのでカッとなる。
イライラの持って行きようがない。
次男をしっかり抱っこしたり長男をさとしたり我慢の連続だった。
いっそのこと壁かなにかを殴りたかった。
でも狭い家では子供の見ている手前それが出来ない。
もう何もかもがどうでも良くなった。
死にたくなったのだ。
でもこれがゴールなのかと自問自答した。
本当にこれで終わっていいのかと。
これが私の目指したゴールなのか?
ゴールの先には何があるのか?
それは誰にもわからない。
しかし死んでしまったら残された子供や夫はどうなる?
私は強くならなければいけない。
そして私が死ぬ気で子供たちを守らなければならない。
泣き腫らした目でまた空を見上げた。
何度も転ぼう。
その代わり転んでもただで起きてはやらない。
絶対に小さなひとかけらでも握り締めて起き上がってやる。
子供たちよ、見てて、私はかっこいいお母さんになる。
世界一タフで世界一泣き虫で世界一かっこ悪くても君達を守ってやる。
空を見上げながら心の中でそう呟いた。
白い鳥が自由に空を飛んでいた
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